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多趣味。ブラコン。

20160117_ロロ いつ高シリーズvol.2「校舎、ナイトクルージング」

ロロ いつ高シリーズvol.2「校舎、ナイトクルージング」を横浜STスポットで観ました。
 
感想の前にすこし私の話をさせてください。
中1のころからラジオを聴いて育ちました。
毎日寝る前にMDに録音した深夜放送を聴くのが何よりのたのしみ。
いつの間にかナインティナインのANNは聴かなくなっていて、気づいたら完璧なJUNK派(今はまたどっちも聴く)。
ラジオネームは「でんき係」。たまーにメールは投稿するけれど、あんまり採用されることはない。
そして、半分不登校でした。
ここまでは「校舎、ナイトクルージング」の登場人物、「R.N.(逆)おとめ」とほぼ同じ。
ちがうのは私の通っていた学校は女子校で、(探せばいたのかもしれないけれど)まわりにAM放送を熱心に聴いてる人なんて皆無だったこと。
だいたい、ラジオを聴いてることを私は隠していたし。
でも(だから?)、「ラジオを聴くこと」は私の心の拠り所でした。
 
さて、「校舎、ナイトクルージング」。
舞台は深夜の教室、先述の「(逆)おとめ」がひとりなにかを探しているところから始まります。
彼女の唯一の趣味は、昼間の学校の音をあつめて毎晩校舎に忍び込んで聞くこと。
 
ラジオ好き、JUNK派、たまに投稿する、不登校
ここまで共通点がありながら、さいごまで私は(逆)おとめをうまく理解できませんでした。
むしろ共通点が多いからこそ、「私と一緒じゃない!」って思って、気恥ずかしくも失望したり。
 
だって高校生の私はラジオの声さえ聴けていればよかったから!
そのころ、私にとってラジオは世界でした。
でも、(逆)おとめちゃんにとっての世界は学校。
だから盗聴してまで学校の音を聞く。
不登校の彼女にとって、録音した学校の音を聞くことは、可能なかぎり現実に近づくことなんだと思います。
(逆)おとめちゃんはどうにかして世界を生きようとしている。えらい。
 
対して、ラジオを聴くのが生きがいだった私。
ラジオは現実から逃げる手段だった。だからずっと聴いていた。
私は現実の世界を軽んじていたからこそ不登校だったのかもしれません。
でも私にとって不登校なことはたまらなく罪悪感のあることで、だからラジオを聴いてまた現実から逃げる無限ループ。
(逆)おとめが将門くんから「名前は?」って聞かれてラジオネームを答えられるのが、本当に信じられなかったんです。
そこを知られたら、私だったら死んでしまう。
私にとって、ラジオを聴くことは最後の砦だし、ラジオパーソナリティの言葉と同級生の言葉の重みを一緒にはできない。
高校生の私は「校舎、ナイトクルージング」で描かれた世界よりもっともっとかたくなでした。
 
正直言うと、ただただうらやましかったんです。(逆)おとめが(いくら変態だとしても)工夫をこらして現実となんとか折り合って生きているのがうらやましかったし、不登校な自分を呪っていない(ように見えた)のが悔しかったし、現実とラジオという娯楽を同じ重さで見ていることがまぶしかったし、彼女の心に将門くんがするすると侵入していくのが妬ましかった。
ずっとずっとあの教室がうらやましかった。
ラジオを聴くことは私の砦だったけれど、私は逆にずっとその砦を守ることしかしてなくて、誰かが入ることをずっと拒否してきました。
そのころ私にとって世界の中心は私だったから、私だけに話しかけてくれる深夜のラジオが砦になっていたのだけれど、(逆)おとめちゃんにとっての世界は(逆)おとめちゃんだけがいるんではなくて、きちんと彼女の外にあるのでしょう。
私は純粋にその「世界の中心が自分ではない」という感覚をすごいと思うし、えらいと思う。今を生きる26歳の私よりずいぶん大人だな、って感心してしまいました。
つーか、「ラジオネーム:(逆)おとめ」って、すばらしいセンスだな!
 
「いいのいいの!ラジオって人それぞれの楽しみ方があるもんだし!そういうものだし!」
私も共学通ってみたかったよー!ちくしょー!